銃声が日常だったシカゴの一角で生まれた。ルーツは富山。父はその街で日本料理店を営み、店のカウンター越しに「日本」を見て育った。親からずっと言われていたのは、ひとつだけ。「お金を稼げ」——いつしかその言葉が、漠然とした成功への渇望に変わっていた。
日本への憧れから野村総合研究所に新卒入社。今の若者がシリコンバレーに向かうように、当時の自分にとって日本は世界一の革新国だった。だが、アメリカで自由に育ちすぎた自分には日本企業のカルチャーが合わず、一年で辞めた。 アメリカに戻り、ビジネススクールで修士号を取得。ボストンキャリアフォーラムでBEENOSの社長に出会い、起業家としての姿勢に惹かれ"鞄持ち"として社長室に飛び込んだ。VCアソシエイトとして多くの起業家と会ううちに、自分も起業したい気持ちが抑えきれなくなった。 BEENOSを退職し、米プログラミングブートキャンプ General Assembly を経て念願の起業。弁当デリバリーサービスを立ち上げたが、UBER EATSの進出を見越して撤退。次に選んだのは、まだ「出会い系」と怪しまれていたマッチングアプリだった。野村総研時代の同僚と共同創業した。
「起業したい」の裏側にあったのは「成功したい」という渇望だった。自分の事業を運営しながら関わり始めたコインチェックは、まだ社員数名だった。創業者が圧倒的に優れた技術者であったこと。そして口座開設のUXがシンプルでユーザーに寄り添っていたこと。市場が伸びたとき、ここなら勝つ——自社サービスをすべて閉じてフルコミットを決めた。2号社員として、海外事業開発責任者、マーケティング、人事、Web開発を担当。 毎日が綱渡りだった。山のようなタスクを処理し続け、まるで機械のようだった。この間まで詐欺と言われていた暗号通貨——その電子的なデータを売るだけで、一年余りで会社は1日に数億円を稼ぐようになった。事業は永遠に伸びるのではないか——そう錯覚するほど、感覚は麻痺していた。 ある朝、約500億円がハッキングで一晩にして消えた。国際機関と連携した追跡をリードしながら、ずっと考えていた。自分たちの成功にばかり気を取られていた。そこにユーザーやメンバーの幸せはあったのか。自分自身は幸せだったといえるのか。 M&Aを経て退職した。お金という幻想が崩れたあと、手元に残ったのは問いだった。
お金の幻想が崩れたあと、もっと大きな意義のために働く人たちに会いたくて、シリコンバレーへ渡った。Tradecraftでプロダクトデザインとマネジメントを学び、日米のスタートアップを支援した。 でも実際に見たのは、社会的な意義よりも金銭的な成功が優先される世界だった。資金調達、インナーサークル、会社のバリュエーションを上げるゲームと化したエコシステム。「世界を良くする」と言いながら、お金を稼ぐことが最優先の構造。コインチェックで見た景色と、本質的には同じだった。 会社を伸ばすこと自体に興味を失っていた。唯一残った関心は、人はどうしたら幸せになれるのか、ということだった。
一瞬だけ掴んだ成功の質感。
そこに満足感はなかった。
お金も成功も、いったん置いた。決まった道はもうない。Spotifyで歌手デビューしてみたり、哲学や宇宙論を読み漁ったり——やりたいと思ったことを片っ端からやった。 幸せは外の評価ではなく、自分の内側にあるのではないか。その問いを最も深く、最も長く追究していたのが仏陀だった。「悟り」を自分の身体で体験してみたい。そう思った。
ダンマーディッチャでの12日間のヴィパッサナー瞑想修行。完全な沈黙の中で、自分の内側だけを観察し続けた。 手放してきたはずだった。お金も、成功も、肩書きも。それでも満たされなかったのは、もっと深い場所に理由があった。自分を動かしていたのは「成功をしないと認められない」という恐れと不安の感覚だった。富や名声、承認——20代の自分が欲しかったもの。それらが、さーっと消えていく感覚があった。 これからは愛の感覚で生きたい。12日間の沈黙がくれたのは、その一点だった。以来、毎朝の瞑想が続いている。
愛の感覚で歩み始めた先に選んだのが、エクサウィザーズだった。Well-being AIプロダクトを立ち上げ、在籍中に上場を経験。社会課題を解決する——そう信じて入った。 しかし気がつけば、資本主義の力学に飲み込まれていた。シリコンバレーで外から眺めていた構造の中に、今度は自分がいた。 そしてもうひとつ気づいた。社会課題を解決したいという善意の奥に、「何かに認められたい自分」がいた。それはヴィパッサナー瞑想で感じた愛ではなかった。
コーチングを続けるなかで気づいたことがある。コーチングにたどり着く時点で、その人はもう変容の道に入っている。問題は、その手前にいる人たちだった。 たどり着いたのが、お笑いだった。タイタンの学校へ入り、芸人カガヤキマンとして活動。人は常識から少しズレたときに気づき、笑う。瞑想やコーチングと、同じ山を別ルートで登っていた。 思想を遊びながら検証する——そんな生き方がはじまった。
意識変容の最前線にあるプログラムで、臨死体験をした。この世とあの世の狭間で見たのは「空(くう)」だった。 お金も成功も意味も、すでに手放してきた。ここではさらに、肉体も、息すらも手放した。意識だけになった世界では、すべてがあり、すべてがなかった。 そこから戻ってきたとき、息ができることが奇跡だった。家族がいることが奇跡だった。空(くう)を体験したら、日常が輝いた。
手放すたびに、本当に大切なコトが見えてきた。
空を見て、帰ってきた場所は日常だった。妥協ではない。外を追い、内に潜り、すべてを手放した末に、目の前にあるものがすべてだと気づいた。 AIが人間の知性を超えていく時代に入った。だからこそ、自分の内側と向き合う力が要る。意識が変われば、生き方が変わる。生き方が変わり、世界をメタ認知できると、目の前の日常を大切にできる人が増える。これまでの自分の旅路が教えてくれたのは、そういうことだった。
成功を追い、意味を追い、真理を追って、日常に還った。その旅路で気づいた。人の意識は、情報では変わらない。葛藤に直面した時、対話で問われたとき、同じ場を共有した時——体験を通じてしか、人は本当には変わらない。 内的変容を促し、元来の自然な状態で生きる。そんなきっかけとなる瞬間を、場所や体験を通じて届けていきたい。
今、ここに。
営み
夫婦でao.inc.を経営。美容サロン9店舗。AIがどれだけ進化しても、人の手で人を美しくし、ホスピタリティの中で誰かを癒す体験は代替できない。テクノロジーが加速するほど、人間が人間に向き合う時間の価値は上がっていく。その時間を生み出す場を、経営でつくっている。
SHINDO — 千年の森を育む農業のカタチを共創するプロジェクト。第0次パートナーとして参画。衣食住、コミュニティ、エネルギーを自ら作り出す——意識変容の先にある生き方を、土の上から実践する。
物語、意識変容、ポスト資本主義——テーマは違っても、すべて「気づきの入り口」を声で届けるための番組。
ポッドキャスト制作を企画から公開まで支援するスタジオ。コーチングで発信者自身の物語を引き出し、声に乗せるところから始める。届けたいのは上手な番組ではなく、聴いた人の何かが変わるコンテンツ。
株式会社和百八 発起人・取締役。人の人生の背景にある物語を、語り・残し・届けるプラットフォーム STORYS.JP を運営。深いインタビューで変容の瞬間を捉え、それを次の誰かの気づきにつなげる。
ポッドキャストスタジオ・共同書店・コワーキングを備えた、108名限定の会員制拠点。池尻大橋と沖縄を皮切りに展開する。声と本と人が交わる場所で、意識変容が自然に起きる生態系をつくる。
瞑想で意識の変容を届けたいという願いが生まれた。でも瞑想は万人の入口にはならない。対話なら、日常の延長線上で人は変われる。自分自身が恐れと不安で走り続け、エゴに気づき、愛の感覚に立ち戻った経験があるからこそ、他者の内面の変容に寄り添える。コーチングは、目の前のひとりと向き合う、もっとも静かな意識変容の手段。 国際コーチング連盟認定コーチ(ACC)。累計クライアント数160人以上、累計セッション時間500時間以上(2026/3/15時点)。 過去のクライアント:シード〜シリーズB起業家 / 社会起業家 / 元外資系日本法人CEO / 学生起業家 / 元大手IT外資系PM / 大手外資系コンサルタント / スタートアップ役員 / 急成長スタートアップCMO / デザイン会社CEO / デザイン会社役員 / 大手外資系エンタメ企業マネージャー / 美容系会社CEO / メガベンチャー開発責任者 / メガベンチャー事業責任者 / フリーランス / プロコーチ / キャリアコンサルタント / お笑い芸人
散歩コーチング受付 歩きながら、静かに一時間。コーチングについて詳しく。メディア企業Creative2のAI顧問として2025年から参画。急激に進化するAIを、事業の現場から伴走しながら体験している。